東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1216号 判決 1988年12月20日
主文
原判決中千代田学園の敗訴部分を取り消す
東京地方裁判所昭和五八年(手ワ)第六四八号事件の手形判決を取り消す。
協栄社の千代田学園に対する請求を棄却する。
協栄社の本件控訴を棄却する。
訴訟費用は、第一、第二審とも協栄社の負担とする。
事実
〔申立〕
<協栄社>
「原判決中協栄社の敗訴部分を取り消す。千代田学園の請求を棄却する。千代田学園の本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも千代田学園の負担とする。」との判決を求める。
<千代田学園>
主文と同旨の判決を求める。
〔主張〕
第一 保証金返還請求事件(一審原告千代田学園、一審被告協栄社)
一 請求原因
1 千代田学園は、昭和五二年七月三一日協栄社との間で、千代田学園の設置する学校の学生募集その他の宣伝、広告に関し、媒体との契約締結の代行を協栄社に委託することを内容とする契約を締結し、右契約に基づく自己の債務を担保するため保証金として一億円を協栄社に交付した。
2 千代田学園は、昭和五八年六月一〇日協栄社に対し右契約を解約する旨の意思表示をした。
3 よって、千代田学園は協栄社に対し、右保証金一億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年七月一六日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち千代田学園主張の契約が締結されたこと及び金員授受の事実は認めるが、右金員の交付の目的の点は否認する。右金員は、千代田学園からその創立者である訴外広瀬盛衛(以下、「広瀬」という。)に対して支払われた報償金であり、支払名目を保証金としたのは税務上の配慮によるものであった。
2 同2は認める。
三 抗弁
1 千代田学園は、昭和五二年一二月八日訴外株式会社国際文化交流協会(以下「協会」という。)を受取人として別紙手形目録記載一、二の手形(以下「本件一、二の手形」という。)を含む金額各一億円の約束手形五通を振り出した。
2 協会は、本件二の手形を満期に支払場所で支払のため呈示したが、支払を拒絶された。
3 協会は、昭和五八年一〇月一日協栄社に右手形を裏書譲渡した。
4 協栄社は、昭和六一年一二月二二日千代田学園に対し右手形を呈示し、仮に協栄社が本件保証金の返還債務を負うとすれば、これと右手形金債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は知らない。
4 同4の事実のうち、相殺の意思表示のあったことは認め、その余は争う。
五 再抗弁
1 原因関係の欠缺
(一)(1) 本件の手形を含む前記五通の約束手形は、昭和五二年三月二三日千代田学園と広瀬との間で成立した合意に基づき千代田学園が広瀬に支払うこととなった二〇億円の一部の支払のために振り出されたものであるところ、右合意は、これについて千代田学園の評議委員会、理事会の決議を経ておらず、法的拘束力を有しないものであるから、右手形債権は原因関係を欠くものである。
(2) そうでないとしても、千代田学園の創立に功労のあった広瀬に同学園の経営から手を引かせるにあたり、同人に帳簿外で五億円を贈与する約束があり、これに基づいて前記約束手形が振り出されたものであるところ、次の理由により、右五億円の支払約束は千代田学園の目的の範囲外の行為として無効である。
すなわち、学校法人は公益法人に属し、収益事業を営む場合もその事業の種類が限定され(私立学校法二六条)、寄附行為に定める事業が法令に違反していないことが認可の条件とされ(同法三一条一項)、収益事業を営む場合に寄附行為で定められた事業以外の事業を行ったときは所轄庁はその事業の停止を命ずることができる(同法六一条)など、営利法人には見られない法的規則と行政機関による監督とが定められているとともに、その事業活動の社会に果たす役割が公共の利益に深い関わりをもつことに鑑みると、その活動を可能にするに足りる財産的基盤を維持することが必要不可欠というべきであるから、学校法人のする贈与は、その学校法人の規模、学校教育に占める地位、経済的基盤、贈与の相手方・目的・内容等諸般の事情を考慮して合理的な範囲内のものであることを要し、右範囲を逸脱した場合には法人の目的の範囲外の行為として無効になるものと解すべきである。ところで、前記五通の約束手形は、前述のような原因関係に基づき振り出されたものであるが、右は、広瀬が千代田学園に対して有している諸般の影響力を駆使し、もと広瀬の所有で同人からその関係する会社である協会に譲渡され、千代田学園の施設(通称五号館)として使用されてきた土地、建物(もともと千代田学園設立の際には将来広瀬から同学園に寄付することを東京都に誓約していたもの。以下「五号館」という。)を協会から千代田学園に売り渡すことにし、その売買代金等に名を借りて多額の金員の支払を受けようと種々画策した結果であって、右五億円を支払うべき合理的根拠がない。これに加えて、その金額の大きさ、これを支払うことによって千代田学園の経済的基盤が脅かされるおそれもないではなかったことをも併せ考えれば、右贈与は法人の目的外の行為として無効というべきである。
(3) 仮に前記五通の約束手形振出の原因が贈与でなく、五号館の売買代金の支払のためであったとしても、右売買代金債務は消滅している。すなわち、右売買代金は当初二〇億円とされたものの、その後右土地、建物の鑑定評価(評価額は一三億一六七一万五〇〇〇円)を経て昭和五二年七月には代金額を一五億円に減額することが合意され、これについて千代田学園の理事会の議決も経たところ、監督官庁である東京都が行政指導として鑑定評価額による売買を勧告したので、更に千代田学園と広瀬との間で協議した結果、五号館の本体の代金額は鑑定評価額に合わせて一三億円とし、これと別にエレベーター、空調設備等の代金として一億円、売店及び食堂の営業権の代償として一億八二四〇万円を支払うことが合意され、これに基づいて売買代金が支払われたことにより右手形債権の原因関係は消滅した。
(二) 前記約束手形の受取人は協会となっているが、これを実際に受け取ったのは広瀬であり、しかも協会も協栄社もその役員を広瀬の親族で固め、かつ、広瀬の私設秘書であり、もと千代田学園の理事でもあった永井善造(以下「永井」という。)が事実上その事業活動の中心となっていた会社であるから、協栄社は前記約束手形が原因関係を欠くものであることを認識しており、千代田学園を害することを知って右手形を取得したものである。
2 自働債権の時効による消滅
仮に以上の主張が理由がないとしても、協栄社が相殺の自働債権として主張する手形債権は昭和五八年三月三一日の経過により時効消滅した。
六 再抗弁に対する認否
千代田学園の五通の約束手形が五号館の売買代金の支払のために振り出されたものであること、五号館の売買代金の額は二〇億円と定められていたことは認め、その余はすべて争う。東京都に専修学校の認可申請のために提出する書類の上では名目上売買代金額を一三億円(及び機械設備の代金)とし、その差額は帳簿外で支払うことが合意されていた。右五通の約束手形は右差額の支払のために振り出されたものであって、右は千代田学園の目的の範囲内の行為である。
第二 約束手形金請求事件(一審原告協栄社、一審被告千代田学園)
一 請求原因
1 千代田学園は、本件二の手形を満期白地で振り出した。満期は、昭和五七年一月に別紙手形目録記載二のとおり補充された。
2 協栄社は、右手形を満期に支払場所で支払のため呈示したが、支払を拒絶された。
3 協栄社は右手形を所持している。
4 よって、協栄社は、千代田学園に対し、右手形金一億円及びこれに対する満期から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は否認する。
仮に本件二の手形が千代田学園によって振り出されたものであるとしても、その満期の記載は広瀬及び永井によって権限なくなされたものである。
2 同2、3の事実は認める。
三 抗弁
1 仮に本件二の手形が満期白地で振り出されたものであるとしても、右白地の補充は昭和五三年四月までに行うことが合意されていたところ、実際にこれが補充されたのは期間経過後の昭和五七年一月のことであった。仮に右合意が認められないとしても、右補充権は手形振出後三年の経過により時効消滅した。
2 本件二の手形の振出は原因関係を欠くものであり、かつ、協栄社は千代田学園を害することを知って右手形を取得したものである。その詳細は、保証金返還請求事件の再抗弁1として主張したとおりである。
3 仮に本件二の手形の振出が原因関係を欠くものでないとしても、千代田学園は昭和五三年四月一〇日ころ協会に対し右手形金一億円を弁済した。。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1、3の事実は否認する
2 同2の事実に対する認否は、保証金返還請求事件の再抗弁1に対する認否と同様である。
〔証拠関係〕<省略>
理由
第一 保証金返還請求事件について
一 昭和五二年七月三一日千代田学園と協栄社との間で千代田学園主張のような契約締結代行委託契約が締結されたこと、千代田学園が協栄社に対し一億円を交付したことは当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、右委託契約書に千代田学園が協栄社に対して一億円の担保を提供すべき旨定められていること、両社の間で数年間右契約締結代行業務が遂行され、その間協栄社から千代田学園に対して担保の提供を要求していることが認められるから、右約旨のとおり右一億円は千代田学園の協栄社に対する前記委託契約上の債務を担保する趣旨で交付されたものと認められ、右認定に反する記載のある乙B第一号証はその成立を認めるに足りる証拠がなく、右認定に反する原審における協栄社代表者の供述は前掲証拠に照らし措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 千代田学園がその主張の日に協栄社に対し前記契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
三 そこで、協栄社の抗弁について検討する。
1 <証拠>を総合すると、協栄社主張のとおり千代田学園が協会に対し本件一、二の手形を含む金額各一億円の五通の約束手形を振り出したことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
2 抗弁2の事実は当事者間に争いがない。
3 <証拠>によれば、協会は前記支払呈示後本件一の手形を協栄社に裏書譲渡し、協栄社は昭和六一年一二月二二日右手形を千代田学園に呈示して右手形債権と本件保証金返還請求権とを相殺する旨の意思表示をしたことが認められる(右意思表示がされたことは当事者間に争いがない。)。
四 進んで、千代田学園の再抗弁について検討する。
1 まず、千代田学園は、前記五通の約束手形の振出については同学園の理事会、評議委員会の決議を欠くから同学園はこれにより債務を負担しない旨主張するが、右のような行為の前提となる内部的手続の欠缺は、相手方においてこれを知り、又は知ることができた場合に限り行為を無効ならしめるものであるところ(最高裁判所昭和四〇年九月二二日判決・民集一九巻六号一六五六頁参照)、本件についてそのような事情があったことについての主張、立証はないから、前記主張は理由がない。
2 次に、前記五通の約束手形の振出が千代田学園の法人としての目的の範囲外の行為であるとの主張について考えるに、千代田学園と協会との間の五号館の売買契約においてその代金額が二〇億円と定められたことは当事者間に争いがない。<証拠>を総合すると、千代田学園は私立専修学校の設置等を目的として昭和四七年一月七日に設立された法人であるが、設立された当時五号館は広瀬の所有であり、同人は右設立が認可された場合には五号館を千代田学園に寄付することを誓約する旨の書面を監督官庁である東京都知事に提出していたこと、しかし、その後広瀬は、実質上自分が創立者である学園の経営が次第に自分の意のままにならなくなってきたことに不満を抱いて、昭和四九年六月に学園の理事を辞任する一方、五号館を自己の支配下にある協会に譲渡し、協会と千代田学園との間でその売買の交渉がなされたこと、右売買交渉は、実質的には広瀬が千代田学園の経営から手を引くにあたって同人に支払われる報償金の額をいかに定めるかという問題と絡めて進められ、そのような観点から、物件の時価を一応一五億円と評価したうえで、前示のとおり売買代金額をこれに五億円上乗せした二〇億円とすること及び表向きの代金額は一五億円とし、五億円は帳簿外の支払とすることが合意されたこと、その後不動産鑑定士の鑑定の結果五号館の価額が一三億一六七一万五〇〇〇円と評価され、東京都から売買代金額が鑑定評価額と異なるのは不合理である旨指摘されたので、改めて売買代金額を一三億円と定めたこと、しかし、前記のような背後事情から、土地、建物とは別にエレベーター等の機械設備を一億円で売買することとし、また、売買代金とは別に帳簿外で五億円を支払うとの方針はそのまま維持され、その支払のため前記五通の約束手形が振り出されたこと、もっとも、右のように右五億円の支払は前記内紛がいかに解決されるか(右五号館の売買代金名義の金員や退職金以外にも、千代田学園は広瀬に解決金名義で二〇億円を支払うことを約束していた。)にも関わっていたため、広瀬も直ちに右手形金の支払を要求する気はなく、右紛争を自己に有利に解決する手段としてこれを利用する考えであったが、その後右紛争の成り行きが思うに任せなかったところから千代田学園と対決する態度を固め、自己の支配下にある協栄社に本件二の手形を振り込ませたこと、以上の事実が認められ、前記渋谷の供述中右認定に反する部分はその余の前掲証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、広瀬は、自分が千代田学園において有していた地位と権勢を喪失したのに対する代償を得る目的で、これを確保するため、もともと同学園に寄付する予定だった五号館の売却に名を借り、同学園から前記五通の手形の振出を受けたものであるところ、同学園は、私立専修学校の設置を目的とする法人であり、その事業は公共性を有し、法律によりその設置する専修学校に必要な施設及び設備又はこれらに要する資金並びに右学校の経営に必要な資金を有しなければならないものとされ、一定の制限の下に収益事業を営むことが許され、事務所に財産目録等を備え置くことが義務付けられる(私立学校法六四条五項、二五条、二六条、四七条)など、その財産的基礎の維持が特に要請されている存在であって、そのような性格の法人である千代田学園が、創立者であるとはいえ、前記のように五号館を寄付する旨の誓約をひるがえし、その売買代金を要求した広瀬に対し、単に同人の地位喪失に対する代償を与えるという理由で、正規の会計上の手続を経ることなく、正常な売買代金額や退職金とは別個に五億円にものぼる多額の財産的利益を供与することは、著しくその本来の性格にもとるものといわなければならず、法人の目的外の行為としてその効力を生じえないものと解すべきである。したがって、前記手形振出はその原因関係を欠くものである。
また、協栄社は、本件一の手形については期限後裏書を受けたものであり、その余の前記約束手形については、前記のとおり広瀬の支配下にある会社として、千代田学園を害することを知りつつ取得したものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
3 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、協栄社の主張する相殺は、その前提たる自働債権を欠き失当である。
五 以上によれば、協栄社に対し本件保証金額一億円及びこれに対する契約解除ののちである昭和五八年七月一六日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める千代田学園の本訴請求は理由がある。
第二 約束手形金請求事件について
一 千代田学園が本件二の手形を振り出したことは保証金返還請求事件について認定したとおりである。<証拠>によれば、右手形は満期白地で振り出され、昭和五七年一月ごろに満期の記載が補充されたことが認められる。
協栄社が右手形を満期に支払場所で支払のため呈示したが支払を拒絶されたこと、協栄社が右手形を所持していることは、当事者間に争いがない。
二 ところで、本件二の手形の振出が原因関係を欠くものであること、協栄社が千代田学園を害することを知って右手形を取得したことは、保証金返還請求事件について判示したとおりである。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、協栄社の本件約束手形金請求は理由がない。
第三 結論
以上によれば、原判決中本件保証金返還請求を認容した部分は相当であるが、本件約束手形金請求を認容した部分は失当である。よって、原判決中千代田学園の敗訴部分及び右約束手形金請求に関する手形判決を取り消して協栄社の右請求を棄却し、協栄社の本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丹野 達 裁判官 加茂紀久男 裁判官 新城雅夫)